薬害名 :薬害筋短縮症
立場 :本人
生年 :1957
性別 :女性
居住都道府県:北海道
シラバス
薬害被害体験・被害者団体活動等
- 1974年17歳 市内の整形外科医から大腿四頭筋、三角筋短縮症という診断を受け、原因が注射と知る。子どもの頃から手足と体が人と違う理由がわかった。
- 2001年44歳 これまで以上の手足腰の不調になり、筋拘縮症が原因かとインターネットで調べた時、薬害筋短縮症の会の存在を知り入会。筋短縮症の裁判が1976年~1996年行われていたと知る。それまで自分自身の被害の実態も訴訟の事実も何も知らなかった。仲間の存在を知り、勇気が沸いた。症状改善のための医療を探し、薬害について学び始める。
- 2010年53歳 第12回薬害根絶フォーラムが北海道札幌市で開催され、筋短縮症体験発表を行う。
- 2011~19年 一般財団法人医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団(PMRJ)で行われた薬害教育基礎研修講座に「筋拘縮症被害者」として講演。
- 2016年~現在 薬被連の医薬系大学への講師派遣活動に参加。
講義概要
- 本講義のタイトルは「注射による薬害―筋拘縮症の被害について」とし、日本で起こった主な薬害の概要を示したうえで、薬の副作用と薬害の定義の違いについて説明する。
- 筋拘縮症が社会的に認知される契機となった、1973年の山梨県における大腿四頭筋短縮症の子どもの集団発生報道に至るまでの経緯を整理し、その後、本症が薬害被害として社会問題化していく背景と過程を説明する。
- 日本では1946年以降、小児の大腿四頭筋拘縮症が整形外科学会で報告されていたこと、原因として先天性要因や抗生剤・解熱剤の筋肉注射、大量皮下注射などが推測され、手術治療も行われていたことを紹介する。一方で、小児に注射を行う小児科学会との間で十分な情報共有や注意喚起がなされなかった経緯、山梨県以前にも集団発生がありながら原因不明とされ、示談で処理されてきた事実についても言及する。
- 「筋短縮症の子どもを救う親の会」の結成と、労働組合による事務・資金面での支援、被害救済を志す医師による「自主検診医師団」の活動について取り上げる。これらの取り組みが全国的な調査・検証を進め、医学界および国の対応を動かす契機となった過程を説明する。
- 被害児の親の会が訴訟を決意するまでの葛藤と、約20年にわたる裁判の経過を概観する。裁判の結果、医師および製薬会社は責任を認めた一方で、国および医師会の責任は問われない形で和解に至り、公的支援がないまま現在に至っている現状を示す。
- 筋拘縮症の具体的な症状を医学的に解説するとともに、講義担当者自身の被害経験も交えて紹介する。当事者が子ども時代に直面した生活上・心理上の困難や、現在も続く医療的課題について述べる。裁判終結後も、診断や適切なケアに結びつかない被害者が存在し、加齢に伴う二次障害が顕在化している現状についても取り上げる。
- 本講義を通じて、薬害は「過去の問題」ではなく、再発防止のために継続的な努力が必要であることを伝える。薬害被害者としての体験を共有することで、将来医療や社会に関わる学生が、薬害・医療倫理・被害者支援について主体的に考える契機とすることを目的とする。
準備資料・視聴覚教材等
配布資料、動画、写真
受け入れ先に準備を希望する環境
プロジェクター、パソコン